みなさんご存知の(´▽`) その3
新七にとって幸運だったのは家つき娘のお秀がよくできた女性だったことで、高島屋の繁盛は、お秀の内助の功に負うところが大きかった。
嘉永四年(一入五一)、娘のお歌に婿養子を迎えた。
花婿は寺町通今出川に住む上田家の次男直次郎で、少年期から呉服商に奉公していた実直な二十六歳の青年だった。
義父となった初代新七はこの時五十歳、直次郎は新次郎と改名して、新七とともに家業に精を出した。
ところが、なにぶん幕末のことなので、時代変転の速度は速く、しかもくるくると変転していきました。
世の中が変われば商いも変わらなくてはなりません。
飯田新七父子は、これからの商いについて協議しました。