愛の諸相をめぐる呪術

愛の諸相をめぐる呪術について、ごく簡単に紹介していきたいと思います。


まず、愛といえば「縁結び」であるが、これはもとは具体的な呪術を指す言葉だったのです。


なかでも有名だったのが鹿島神宮に伝えられた常陸帯で、これは歌枕にまでなっています。


常陸帯は正月十五日の行事で、麻の帯に自分の名前と思いを寄せる相手の名前を一本ずつに書いて(あるいは相思の男女が互いに自分の名前を書く)神前に奉納し、それを神官が無作為に結び分けていくというものでした。


うまく意中の人の帯と結び合わされれば夫婦になる縁があるとされ、雄ればなれになってしまったときは、その恋は成就しないといわれた。


ところで、占いに行きたいので友人に聞いたら、電話の占いサービスがなかなか良いと教えてもらいました^^

素朴な疑問~ 1

AB型にハゲはいない?って本当なのか。


平均的な髪の毛の本数は、1平方センチあたり120本から140本です。


頭全体で男性は約10万本、女性は約12万本もあります。


女性の髪の毛が多いのは、頭髪は女性ホルモンに支配されているからです。


女性にハゲが少ないのも同じ理由から。


ハゲになる原因は、遺伝性と男性ホルモンの作用によるもののふたつと考えられています。


男性にとって人生の大問題は、子供がほんとうに自分の子供であるかということと、ハゲになるのではないかということだといわれているほど、男性はハゲに対して戦々恐々としています。

みなさんご存知の(´▽`) その12

バブルがはじけ、投機と財テクの総本山である銀行や証券会社による不祥事が、いっきに表面化しました。


最も堅実さを要求される銀行まで、悪徳投機家達のマネーゲームの主役になったり、手を貸したりしていたという事実も明らかとなりました。


バブル経済がはじけ、株式相場が低迷したり、内外の政治が激動混乱するなかで、設備投資意欲は弱く、個人消費の質的変化の多様化が大きくクローズアップされるようになりました。


このようななかで、百貨店業界をはじめとする流通業界も、正念場を迎えていました。


百貨店業界の全体の消費におけるシェアは、スーパーなどに食われて、昭和四十九年の11パーセントをピークとして下がりつづけていたのでした。


いま百貨店業界の内部競争は激烈を極めています。


特に、東京や大阪の中心部において顕著といえるでしょう。


積極的な地方進出・店舗展開で業績を上げてきた関西中心の高島屋は、関東でも健闘しているが、今後のことを考えるといまの激戦に勝てるかどうかが大きな分岐点になることでしょう。

みなさんご存知の(´▽`) その11

高島屋は、六家が順番に社長を交代したり、各部門を引き受けたりと、一族支配がうまくいった典型例とまでいわれたこともあったが、いまから約十年前(昭和五十六年)、当時社長であった飯田新一と副社長であった飯田鉄太郎が、直接的な問題としては、スーパー・ダイエーとの提携をめぐっての方針対立というかたちで、骨肉の争いを繰り広げたことは、いまも記憶に新しいところでしょう。


ところで、昭和六十一年からはじまった好況は平成三年九月に五十八カ月となり、ついにこれまで最長であった「いざなぎ景気」(昭和四十年十一月から四十五年七月)を超えた。


まさに空前の好況です。


個人消費が極めて活発で、好況を支えたといわれています。


しかし、土地やゴルフ会員権や絵画に対する投機、財テクと称するギャンブルのようなバブル経済の要素も大きく、どこからどこまでが「実」で、どこかちどこまでが「虚」なのか分からない現実がありました。

みなさんご存知の(´▽`) その10

不幸なことにこの二代目は、それから四年もたたない明治十一年、四十一歳の働き盛りで急逝した。


そのため、五男二女を抱えた未亡人は、ここで気を落としてはここまで大きくなった高島屋の存亡にかかわるというので、子供達と全店員を集めて、「全員心を一つにして店の経営に当ってほしい」と覚悟のほどを言い渡しました。


そして長男の直次郎を当主として、三代目新七を名乗らせました。


別家三人、通い番頭一名、手代五名、丁稚十三名、この店員を三組に分け、それぞれ組頭を定めて、いわば今日でいう組織を編成、その時以来、未亡人は喪服を捨て、まだ二十六歳の年若い当主の後見人となって店務に精励した。


仕入れはすべて現金取引という初代からの鉄則を守り、さらに新時代に即応するよう洋服地も扱うことにしました。


この二代目夫人の男勝りの見識と統率力によって、高島屋は存亡の危機を切り抜けたばかりか、明治時代の呉服商として見事に発展していきました。

みなさんご存知の(´▽`) その9

高島屋は、土蔵前に急ごしらえの店をつくって、焼け残った衣料品を売り出しました。


すると着のみ着のままの人も多かったから、たちまち行列ができて、あっという間に売れてしまったのです。


滞貨一掃どころか、それこそ布切れ一枚でも引っ張り凧となって、二代目が大量に買い込んで始末に困っていた木綿地に羽根が生えでもしたようによく売れたそうです。


この時、初代六十二歳、二代目二十入歳で、高島屋は、さっそく店舗を新築して、旧に倍する盛業ぶりとなりました。


そして時代は一転して、文明開化の明治時代を迎えました。


明治七年、初代は七十一歳の天寿を全うして世を去り、二代目が新七を襲名しました。

みなさんご存知の(´▽`) その8

ふつうの火事なら無事に残るような特殊なつくり方になっている耐火建造物の土蔵だが、こんどのような大火災となると、やはりひとたまりもなく、京都中で千二百七戸に及ぶ土蔵が焼け落ちたとされています。


だからその中で焼け残ったことさえ珍しいといわなくてはなりません。


「ええか、もう少し自然に冷めるまで待った方がいい」炎にあぶられた外壁は変色して、ボロボロと土が落ちてくるが、本体はしっかりしていました。


そこで二日ほど待って、扉にさわっても熱くないのを確かめたうえで、そろそろと表扉を開きました。


するとどうだろう、内部はムッと熱気を帯びているものの、しまってあった商品は焼けも焦げもしていなかった。


「助かった・・・」


「おい、焼け残ったで!」一同小躍りして喜び合いました。


「やっぱりこれが効きよったんやな」実をいうと土蔵の真ん中に風呂桶をすえて水を張り、さらに要所要所に水を満たした四斗樽を何本か配しておいたのです。


この慎重な防衛策が功を奏して、土蔵も商品も無事だった。


その頃、京都市民もようやく焼け跡に戻ってきて焼け跡の始末と復興に取りかかりました。

みなさんご存知の(´▽`) その7

番頭手代丁稚など合わせて十六人。


一同必死になってよく働きました。


二代目の新次郎は、丁稚達を督促して土蔵内に全商品を運び込みました。


その時、彼は初代にいわれたとおりの細工をほどこした。


「さア、手回り品を持っていっしょに逃げるんや」二代目が先頭に立って、一同中堂寺へ避難した。


七月十九日の朝にはじまった火災は、一晩中つづきました。


高所から眺めると、京都中焼け野が原と変わって、まだあちこちから煙が立ち昇っていました。


「土蔵はどないなったやろ・・・・・」それだけが気がかりでした。


新七達が店へ戻ったのは、まだ余儘も冷めやらぬ二十日夕刻のことでした。


「旦那さん、土蔵が残っとりまっせ!」番頭が注進に駆けつけた。


「なに、ほんまか・・・・・」


「はい、店は焼けましたが、土蔵は立派に・・・・・」


「そうか。しかし、あの火勢の強さでは、とても中のものは助かるまい」


「はい、まず黒焦げどっしゃうな」


誰もがそう思いました。


焼失町数入百十一町、被害は中心部の大部分に及んでいました。

みなさんご存知の(´▽`) その6

文久三年(一八六三)、薩摩は会津と結んで、過激な擾夷運動を推進しようとする長州藩を、宮廷から諦め出してしまいました。


この八・一八政変によって、長州藩と親しくしていた七人の公卿も長州へ落ちのびていきました。


こうして京都を追われた劣勢を回復しようと思って、長州藩は兵を都へ上らせて、直訴というかたちの攻撃を行おうとしました。


蛤御門の変です。


京都市中で戦いが起こった時、薩摩兵が町に火をつけたといわれています。


火は、夏の乾いた市街を次々と焼いていきました。


甲子のドンドン焼けといわれているがこの時の大火災で、火に追われた市民は、背負えるだけの荷を背にして、安全な郊外目指して長蛇の列をつくった。


この大災害に出合った飯田新七一家は、まず家財道具を、本囲寺へ運びました。

みなさんご存知の(´▽`) その5

北河内、中河内と歩き回って、現金払いで木綿地を買い求めた。


仕入れ現金払いというのが新七の方針だったが、現金払いとなると、資金の手当てが大変だった。


ところがそれよりも早く時代が急変して、いまも幕府の土台が揺るぎそうな気配だった。


人心の動揺は不安を呼び、商業の停滞を招いた。


「こら困ったな。とんと売れんやないか」


「はい、まさかこないになると思わしまへんさかい、つい安値につられまして・・・・・」


「まあええ、支払いは節季払いにしておいたんやろ」


「それでつい買いすぎました。しかしこの状態がつづきますと、やがて支払えなくなります」


「それは、その時になってから考えたらええ。いまどうこういうても、この先世間がどう動くか予想もつかんから、考えてもしかたがない。それよりできる限り力を尽くしてまず売ることや」


「はい・・・・・」


「商いも世の中も、どちらも波があって、いつも同じとは限らん。人の一生に似て、山あり谷あり、そこでその時の状態に従って手を打っていかんならん。つまり方針はあっても、法則はない。困難にぶつかって、それを乗り切っていくのが、商人の腕の見せどころと違うのか」


「はい、おっしゃるとおりだと思います。しかし何もせずにただ待っていると人間が腐ってしまいそうです」


「それもそうやな。では一つ河内へ行って、支払い期日をもうすこし延ばしてもろうてはいかがかな」


「なるほど、それも一法でございますなア・・・・・」


彼等は時の嵐の通過を待つ草原のように辛抱強かった。

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